た〜郷中教育〜
🌱種となる 心の水に まかせずば 道より外に 名も流れまじ🌱
物事には始まりというものがあって、
植物なれば、種。
人の心なれば、"意思”という種がある。
心が動かされるまま、妬み、嫉み、悪意、私利私欲…煩悩に流されれば、
道を踏み外して、悪い評判も立ってしまう。
この”良からぬ種”を刈り取って、正しき道を行きましょう。
― 心にひそむ悪しき思いに流されぬように ―
希望や目標のような”良き種”に満たされていれば、
何ら問題は無いのでしょうが、
百八の煩悩を除夜の鐘で払い落としても、
年が改まると、また新たな煩悩の種が湧いてくるのが、人。
時に「何故、あの人が…」と
思わぬ悪行を知り、失望することがある。
私利私欲に駆られて
人としての道を外してしまった…とか。
一度 道から外れてしまった あの人を
どうしたら 人の道に 戻してあげられるのか…。
人に意思がなければ、
過ぎた煩悩に 道を外すこともないのでしょうが、
…煩悩が皆無だと、
それはそれで、人としての魅力に欠けるような気がするのは私だけ?
煩悩…衆生の心身を煩わし悩ませる一斉の妄念。
貧・瞋・痴・慢・疑・見を根本とし、その種類は多い。(出典:広辞苑)