🎂誕生日🎂
幼い頃の誕生日は、大概、
🎉「お誕生日、おめでとう!」と言ってもらえたり、
美味しいケーキ🎂が食べられたり、
何かしらプレゼント🎁をいただけたり、
平凡な自分が特別なものに感じられる素敵な日でした。
殊に、「物事ができて当たり前」とされた私にとっては
褒められることは殆ど無く、もてはやされる感のある誕生日は
やはり特別な日でした。
🎉 🎂 🎁 🎉 🎂 🎁
…あれは忘れもしない、小学2年生の誕生日で、土曜日のこと。
当時の義務教育は、週休1日制といいますか、
土曜日は午前中で授業がお終い…所謂、“半ドン”でした。
丁度 親の転勤で、田舎から町の小学校に転入したタイミングでもあって、
町の小学生の様子を知りたかった私の母は、
“娘のため”の誕生会を催してくれることになりました。
単純な私は、かつてないくらいワクワクしていました
私の転入した公立小学校は新設2年目の学校で、
医者や国家公務員いった所謂、高学歴の親御さんの元に育つ子どもたちが多く、
教職員の中でも話題になっていた学校だったそうです。
できる限りのもてなし準備を終えた 母と幼い弟が待つ家に、
友だちが一人二人…と集まってきましたが、
肝心の娘(私だ)が帰ってきません。
「こんな日にあの子は道草をしているのかしら?」
と母が呟くと、招いた子の一人が
「SA–CHiN★☆ちゃんは、
掛け算《九九》の《6の段》が言えなくて、
まだ残されているよ。」
と、衝撃の事実を教えてくれたそうな。
「まぁ、あの子ったら」
と言いながら、母の表情筋はきっと引き攣っていたことでしょう。
一方、その頃の私は、教卓の前で担任のT先生に半泣きで懇願していました。
「先生、お願い、今日は私のお誕生会で、
皆んながお家で待ってるの。
お誕生日会が終わったら 頑張って覚えるから、お願いします!」
拝むようにお願いしても、T先生は当然、OKを出してはくれず、
「早く帰れるように、頑張って覚えなさい。」
と言われるばかり(先生としては正解だけど…)。
集まった友だちと母と弟を随分と待たせて
ようやく誕生会は始まりました。
嬉しかったことは確かなんですが、
「後で、怒られるんだろうなぁ…」と思ってばかりでした。
「今日はありがとう」と皆んなを見送り、
いよいよ怒られる…と覚悟を決めていましたので、
自ら「帰りが遅くなってごめんなさい」と謝り、
正直に理由を伝えました。
その日の母は、私を怒ることなく、
「6の段はちょっと難しいのよね、感覚的に。まぁ、良いわ。」
と片付けを始めました。
私は安堵すると同時に、
「学校って、もう少し、家で勉強していった方が良いんだなぁ。」
と決意を新たにしました。
掛け算《九九》の《6の段》で 躓いた私でしたが、
意外と その後の算数・数学には強くて、
理系として受験し、仕事も数字を追いかけるものでした。
人生って分からないものです(´艸`*)
🎉 🎂 🎁 🎉 🎂 🎁
結婚し、子の親になり、
自分の誕生日を祝うという意識は昔ほどワクワクするものではなくなりました。
歳を取ったということなのかもしれませんね。
その分、家族が揃って食事をし、祝ってくれて、
嬉しく楽しく過ごせたことは
日常生活の延長ですが、
こういうことが幸せなのだと、今、思えます。
日付が変わったら、尚兄ぃが「おめでとう😊」と言ってくれて、
実ぃが 華やかにデコレーションされたチーズケーキを買ってきてくれて、
HIRO☆★が前日にピアスを買ってくれて、デートしてくれて、
…家族に大事にされてるなぁ〜と改めて思います。
私の母は、現在痴呆になり、弟のもとにおります。
娘の誕生日を覚えてはいませんが、
産み育ててもらったことを感謝する日でありたいなとも思います。
お父さん・お母さん、ありがとう。
HIRO☆★ 大事にしてくれてありがとう。
尚兄ぃ・実ぃ 優しい子に育ってくれて ありがとう。
すべての人々に感謝します。
そして、皆に幸せが訪れますように。
٩(๑❛ᴗ❛๑)۶☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
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