バトン・パス コンサート松戸公演vol.5 に ご来場ありがとうございました
3月5日(金)、松戸市の森のホール21 での 『バトン・パス コンサート』。
高校・大学の先輩からのバトンを受け取ったチェロ弾きの娘 実樹と
友人のピアニスト 新井 凛さんによる
演奏会を行いました。
コロナ禍の中、また雨の中、この演奏会に たくさんの方々にお越しいただきましたこと、
深く感謝申し上げます。
恩師、小学校の同級生から大学の先輩・同級生・後輩、そして同級生のご両親まで…
「たくさんの方々に娘は見守られているのだなぁ」と 会場を見渡しては思っておりました。
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娘の出演するオーケストラ・室内楽の演奏会を聴きに行ったことは何度もありましたが、
恥ずかしながら、私はお手伝いなど したことが殆どなく、
親として、どう立ち振る舞うべきなのか分からぬまま迎えた当日でした。
企画・運営のみならず、多方面にわたってご指導いただきました
株式会社 サウンドテラス の 荒川 洋 氏 と 足立 櫻子 氏、スタッフの皆様、
若き2人の演奏家に演奏する場を用意してくださり、
また厳しい状況の中、開催へご尽力いただきましたことに深謝 申し上げます。
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音楽的なことは、素人の私が語らずとも、専門の方が記してくださるでしょうから、
今回は割愛させていただきますが、ご来場いただきました方の心に、
チェロ🎻やピアノ🎹の音色、二人の若き演奏家の想いを通して、
「音楽があなたのそばに寄り添っていますよ」
「いつも音楽とともに」
と伝わればいいなと思います。
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最後に、娘 実樹の Facebookより
『素敵な巡り合わせと愛溢れる方々に支えられ充実した時間を過ごすことができました。
ここからが本当のはじまり。
自分が音楽に救われてきたように、
いつの日か誰かを救える、そばに寄り添える音楽をお届けできるようになるために
精進してまいります。』
皆様、ありがとうございました。
📚大学入学共通テスト📚
子どもたちが大学生になり、親としては“さらり”と見ていた話題でしたが、
羽生田大臣の「身の丈」発言から気になっていた「大学入学共通テスト」。
英語の取り組み方、国語や数学の記述式問題について、
素人でも
「このやり方、問題あるんじゃないかな?」
と疑問を抱くような始末。
頭脳明晰な文科省の方々なら、もっと綺麗な制度設計できそうな気がするのに…。
英語については、民間試験媒体の試験結果で良いものが選択できるのであれば、
受験生にとっては気分的に楽になりそうではあるものの、
居住地域によっては、試験会場が遠かったり、
受験費用が高く、家計への負担は小さくはなかったり…。
経済的にゆとりのある家庭では問題視されないでしょうが、
家庭によってはそうもいかず、安心して受験できる制度とは程遠い。
教育の機会均等は憲法や教育基本法で謳っているはずだけどなぁ。
公平さを何処かに忘れてきてしまったみたい。
報道によると、「文部科学省は導入予定の『国語と数学の記述式問題』について、
現場では、採点に関する課題の解消が難しいなどとして、
再来年1月の実施は見送る方向で調整に入った」とか。
学力判断の統一基準を知る上では、「共通テスト」は意義があると思います。
偏差値による大学の序列化や「受験地獄」化が進んだと言われているけれど、
私は結果的には、日本人の学力向上の一助にはなっていたのではないかと思います。
私は共通一次の5教科7科目1,000点満点時代の受験生でしたので、
現役時代は 一発勝負に負けて憂き目に合い、1年間 浪人しました。
浪人時代は 努力の成果が実り(山が当たったという話もあるけど(´艸`*)?)、
翌年には大学入学の運びとなりました。
学んで理解できた時の達成感は何物にも代え難いと思います。
その後、大学入試に関する受験機会が増えたり、受験科目数が減ったり、
受験生にかかる負荷は減ってきたように思います。
おまけに「ゆとり教育」も加わり、
日本の子どもたちの平均的学力は低下、
世界的にもランクダウンの一途にあるように思います。
私は決して「受験地獄の時代が良かった」と言っているのではないのです。
過剰な負荷はやはりよろしくないと思いますので。
私事ながら、高校に入学した途端、
月のモノが2か月に1度しか来なくなりました。
「異常があるのかも」と悩みもしましたが、
そこはお年頃。誰にも相談できずにおりましたが、
大学に入学するや正常に戻りました。
それぐらい、大学入試はストレス度が高いのです。
実施が見送られた大学入学共通テストに導入される予定の
国語と数学の記述式問題では、
民間事業者(アルバイトを含む)に採点業務は委託され、
その採点の質が平等に確保できるのか、懸念されるほか、
試験後の自己採点が困難だという指摘もあるようです。
以前、小学校の教員をしていた母のお手伝いで
採点作業をしたことがあります。
「◯◯を使って、短い文章を作りましょう」
といった内容の採点でしたが、実にユニークで
多種多様な作文でした。おまけに誤字ありです。
結局、場合ごとに母に尋ねながら採点したので
手伝いにはなりませんでした。
配点10点中、「加点・減点の塩梅が難しい」と
感じたことを覚えています。
採点者1人当たり受験生何人を受け持たせようと
してるのかわかりませんが、採点基準を設けても
全体で公平に採点するのは困難でしょう?
私は、基礎学力を測る目安として、大学入学共通テストはあれば良いと思います。
そして、進みたい学部学科に応じた必要とされる学力を測る目安として、
記述式の試験〜二次試験〜が実施されれば適正な入試になるのではないでしょうか。
ただ、政治家の皆さんや文科省の方々、ご存知でしょうか?
大学1年生の一般教養の数学の講義で、
分数の加減乗除の解き方ついて時間を割いている大学があることを。
今、必要とされているのは、大学入学共通テストの改革よりも、
基礎学習を行う義務教育の改革ではないですか?
教育は、人を育てる大事な柱です。
学びたい人は、学べる場を得るために、日々努力しています。
試験では正解を得るために真剣に取り組んでいます。
採点者が誠意を持って取り組んだとしても、
未熟なアルバイトでは採点ミスの可能性は否めません。
ましてや、多人数に及ぶ採点を課されたら、
プロでもミスする可能性は出てきます。
安易に入学試験を考えて欲しくないです。
極端な話、人生が左右されることだってあります。
「早急に結論を出したい」などと言わずに、
十分すぎるくらい熟慮して、結論を出してください。
お願いします。
#大学入学共通テスト
#記述式問題
#見送り
🎂誕生日🎂
幼い頃の誕生日は、大概、
🎉「お誕生日、おめでとう!」と言ってもらえたり、
美味しいケーキ🎂が食べられたり、
何かしらプレゼント🎁をいただけたり、
平凡な自分が特別なものに感じられる素敵な日でした。
殊に、「物事ができて当たり前」とされた私にとっては
褒められることは殆ど無く、もてはやされる感のある誕生日は
やはり特別な日でした。
🎉 🎂 🎁 🎉 🎂 🎁
…あれは忘れもしない、小学2年生の誕生日で、土曜日のこと。
当時の義務教育は、週休1日制といいますか、
土曜日は午前中で授業がお終い…所謂、“半ドン”でした。
丁度 親の転勤で、田舎から町の小学校に転入したタイミングでもあって、
町の小学生の様子を知りたかった私の母は、
“娘のため”の誕生会を催してくれることになりました。
単純な私は、かつてないくらいワクワクしていました
私の転入した公立小学校は新設2年目の学校で、
医者や国家公務員いった所謂、高学歴の親御さんの元に育つ子どもたちが多く、
教職員の中でも話題になっていた学校だったそうです。
できる限りのもてなし準備を終えた 母と幼い弟が待つ家に、
友だちが一人二人…と集まってきましたが、
肝心の娘(私だ)が帰ってきません。
「こんな日にあの子は道草をしているのかしら?」
と母が呟くと、招いた子の一人が
「SA–CHiN★☆ちゃんは、
掛け算《九九》の《6の段》が言えなくて、
まだ残されているよ。」
と、衝撃の事実を教えてくれたそうな。
「まぁ、あの子ったら」
と言いながら、母の表情筋はきっと引き攣っていたことでしょう。
一方、その頃の私は、教卓の前で担任のT先生に半泣きで懇願していました。
「先生、お願い、今日は私のお誕生会で、
皆んながお家で待ってるの。
お誕生日会が終わったら 頑張って覚えるから、お願いします!」
拝むようにお願いしても、T先生は当然、OKを出してはくれず、
「早く帰れるように、頑張って覚えなさい。」
と言われるばかり(先生としては正解だけど…)。
集まった友だちと母と弟を随分と待たせて
ようやく誕生会は始まりました。
嬉しかったことは確かなんですが、
「後で、怒られるんだろうなぁ…」と思ってばかりでした。
「今日はありがとう」と皆んなを見送り、
いよいよ怒られる…と覚悟を決めていましたので、
自ら「帰りが遅くなってごめんなさい」と謝り、
正直に理由を伝えました。
その日の母は、私を怒ることなく、
「6の段はちょっと難しいのよね、感覚的に。まぁ、良いわ。」
と片付けを始めました。
私は安堵すると同時に、
「学校って、もう少し、家で勉強していった方が良いんだなぁ。」
と決意を新たにしました。
掛け算《九九》の《6の段》で 躓いた私でしたが、
意外と その後の算数・数学には強くて、
理系として受験し、仕事も数字を追いかけるものでした。
人生って分からないものです(´艸`*)
🎉 🎂 🎁 🎉 🎂 🎁
結婚し、子の親になり、
自分の誕生日を祝うという意識は昔ほどワクワクするものではなくなりました。
歳を取ったということなのかもしれませんね。
その分、家族が揃って食事をし、祝ってくれて、
嬉しく楽しく過ごせたことは
日常生活の延長ですが、
こういうことが幸せなのだと、今、思えます。
日付が変わったら、尚兄ぃが「おめでとう😊」と言ってくれて、
実ぃが 華やかにデコレーションされたチーズケーキを買ってきてくれて、
HIRO☆★が前日にピアスを買ってくれて、デートしてくれて、
…家族に大事にされてるなぁ〜と改めて思います。
私の母は、現在痴呆になり、弟のもとにおります。
娘の誕生日を覚えてはいませんが、
産み育ててもらったことを感謝する日でありたいなとも思います。
お父さん・お母さん、ありがとう。
HIRO☆★ 大事にしてくれてありがとう。
尚兄ぃ・実ぃ 優しい子に育ってくれて ありがとう。
すべての人々に感謝します。
そして、皆に幸せが訪れますように。
٩(๑❛ᴗ❛๑)۶☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
#誕生日
#掛け算
#九九
#居残り
#感謝
演奏会2019.11.10.〜 Ensemble Collage 21th 〜
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Ensemble Collage 21th
2019年 11月 10日 18:30 開演
フルート : 赤池 詩子
ピアノ : 斎藤 絢子
Ⅱ) A.ドヴォルザーク : 弦楽五重奏曲 ト長調 OP.77
ヴァイオリン : 大倉 礼加
染谷 亜沙子
ヴィオラ : 三雲 はるな
チェロ : 伊藤 洋太
コントラバス : 青木 賢一郎
Ⅲ) A.アレンスキー : 弦楽四重奏曲 第2番 イ短調 Op.35
ヴァイオリン : 大倉 礼加
ヴィオラ : 三雲 はるな
チェロ : 伊藤 洋太
佐藤 実樹
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娘:実ぃが出演する演奏会に脚を運んできました。
私のいつもの行動範囲の外なので、開演前に辿り着くかが問題でしたが、
何とか間に合って 良かった(*ˊᵕˋ*)੭ ੈ
まずは会場だっムジカーザ https://www.musicasa.co.jp/について
代々木上原駅近くの音楽専用の小ホールで、
音楽を身近に、すごく楽しめる会場でした。
自宅周辺には こんな感じのホールは無いので、
「あると良いなぁ〜」が第一印象。
開演前や休憩時間に、ワイン🍷やお菓子が 振る舞われて、
そのお菓子がまた 出演者(フルートの赤池さんの手作り)だったりして、
出演者、スタッフのおもてなしの心が随所に感じられました。
未だかつて無い演奏会のスタイルに、
私はひとり 心地良いけど、 お登りさん状態でしたね(๑′ฅฅ‵๑)
さて、本題の演奏会。
小ホールの特徴が存分に活かされて、
目の前で、演奏が繰り広げられました!
Ⅰ) 赤池詩子さんの フルートの音色にうっとり✧*。٩(ˊωˋ*)و✧*。
実ぃの演奏を聴くのは オーケストラが多かったので、
鮮明な差し色的な音色のイメージだったフルートが 肌にストレートに伝わってきて、
「こんなに豊かな音色だったんだなぁ」
と演奏を聴きながら、改めて感じていました。
同時に、押さえている場所の数の割に音域が広いように思えて…
楽器の不思議を覚えました。…………後でググってみないと…
Ⅱ) 実ぃがチェロを演奏するようになって13年になりますが、
人の声の音域に近いのもあって、私は低弦の音が個人的に好きです。
Vcの伊藤洋太さんと、Cbの青木賢一郎さんの演奏を
これまた近い位置で、聴覚と視覚と背骨に伝わる響きで 体感できたのは刺激的でした。
特に伊藤さんの大きな左手の立派な指で4本の弦を押さえる様子を間近で見て、
ピアノの先生が仰っていた言葉を思い出しました。
「男の人ってズルいと思わん?
女の人よりも 体も手も指も大きいし、力強いし。
私はね、男の人に負けるのが悔しいから、すごく努力したんよ。
でも、結局は勝てなかったんだけどねꉂꉂ(ᵔᗜᵔ*)」
と笑っておられました。
音楽の世界には、社会のような男女差はあまりないようには感じていましたが、
「やはり、あるのかな?」と伊藤さんの力強い演奏を鑑賞して思いました。
高音楽器は凛とした音色も、儚いような音色も曲に合わせて奏でますが、
2台のVn と Va の掛け合いが この曲を楽しませてくれました。
「演奏できないことは譜面には起こさない」
…つまり、楽譜に書いてあることは演奏できる
と言われた作曲家がいたように記憶していますが、
この曲、技術的に演奏者は大変かもしれません。
こっそり私の好きな曲のリストに入れようと思います(*^-^*)。
Ⅲ) 私的には アレンスキー氏は あまり馴染みのない作曲家だったんですが、
強音、弱音のメリハリが印象的な感じで、また、余韻の残し方も好きでした。
オーケストラにしても、アンサンブルにしても、
目配せしながら、阿吽の呼吸で 曲は仕上げられると思いますが、
今日のアンサンブルメンバーには、ハーモニーへの意識の高さを感じました。
「演奏しながら他の方の音まで配慮できるのって難しそう」ですものね。
(素人でごめんなさい)
チェロ以外の楽器について、間近で聴く機会が皆無なので、
ビオラの音域が思っていたよりも高くて低いことも 今日の発見の一つでした。
実ぃが演奏したのは最後の1曲だけでしたが、
私が体調を悪くしていた間に〜特にこの1年間に〜
「自己研鑽を積んでいたんだな」と 思いました。
「親だから」ということもあるのかもしれませんが、
これからも 娘のファン第1号でありたいな❤️とも思います。
ドキドキしながら脚を運んだ演奏会でしたが、
期待以上の音楽に触れたように思います。
お菓子もワインも振る舞いの笑顔も素敵でした。
素敵な演奏が聴けて良かったです。
またの機会を楽しみにしたいと思います。
#Ensemble Collage 21th
き〜郷中教育〜
我々が 日頃 聞いたり、
見たりすることも、
自分の心の持ちようで、
皆、迷いともなり、悟りともなる。
ー心に曇りがあると真相を見る事は難しいー
という衝撃的なものでした。
彼女の言葉で呪縛から開放された今、
さ〜郷中教育〜
酒を与えても、水のように思う者や、
川に注いで飲ませても、少しの酒で感謝して奮い立つ例もある。
要は 与え方の問題である。
ー上に立つ者は、思いやり深く、情け深くあれー
この《いろは歌》は、中国の故事
反発さえ覚えることだってあるかもしれません。
でも、心が相手に寄り添うならば、
相手は大きく奮い立ち、君主のために全力で忠義を尽くしてくれるはず。
🌱 🌿 ☘ 🍀 🍃 🍁 🍂
私自身は、自ら人の上に立つような人ではありませんが、
止むを得ず、そういう立場に立ったことが幾度かあります。
(自分でも 支える側が性分に合っているように思いますしね(*^-^*))
子ども会の会長に “あみだくじ“でなってしまったことがありました。
元来、自分は与えられた仕事を忠実に遂行するタイプであるし、
役員全体に気持ちよく仕事をしてもらいたいと思っていたこともありました。
ですが、引き継ぎで聴いていた以上のたくさんの仕事が 私に降りかかってきました。
◯町内会の学区 4校(G小・N小・SY小・SW小)の地域連携会議…月に1回(火)
◯市内のJ2地区の子ども会長会議…月に1回(土)
◯S自治会の理事会議(子ども会会長が自治会理事を兼務)…2週間に1回(土)
◯S自治会の行事参加…年数回
◯警察との地域連携…年2回
◯子ども会のホームページ(市役所主導で作るように)…随時更新
◯子ども会の会議…2週間に1回(土)
◯子ども会のイベント…2カ月に1回(土)
◯子ども会新聞の発行準備・役員への配付・町内会掲示板への掲示…随時更新
◯子ども会遠足の企画と交渉・バス手配・引率
◯………etc.
役員の皆さんに、自分の家庭への負荷が大きいので 分担を何度かお願いしましたが、
誰も手を挙げてくれません。
「面倒なことはやりたくない」
「役員も引き受けたくなかったけど、子どもがお世話になってるからやむなく」
そういう方ばかりだったから、仕方がなかったのかもしれません。
かくいう私も、後者でしたし…。
晩ご飯を配膳して、
小学3年生の尚兄ぃに 小学1年生の実ぃの面倒をお願いして、
土曜日や平日の夜7時からの会議に赴きますが、
加わるべき会議の多さに 心身ともに 悲鳴をあげていました。
その頃、主人の母とも同居していましたが、
「子ども会の会長をやらないで。
やったら、一切、手を貸しません。」
と反対され、仕事の忙しかったHIRO☆★の手も当然 借りれず、
睡眠時間 4時間、孤軍奮闘・怒涛の1年間でした。
その年の秋頃、義母が癌を発症し、
入院の付き添いや介護が私の作業に加わりました。
役員会議の場で 事情を話すと
さすがに、今までのように 子ども会の活動に時間は割けないことを
役員の面々は理解してくれて、
自分の子どもの学区の会議と自治会会議の半分は分担してくれました。
それだけでも、私は随分楽になりました。
一緒に役員をしていた友人の1人が その会議の後で、
「やっと『手伝うよ』って言えた。」
と安堵の表情で話しかけてきました。
不思議に思って、その言葉の真意を尋ねると、
自分が『手伝う』と表明をしたら、睨まれそうで言えなかった
…とのこと。
私自身、役員の1人から
「 SA-CHiN ★☆は、自治会側の人間だからねぇ…」
という発言を言われた時に、何かが「ぷちん」と切れたことがあり、
「子ども会は自治会は組織の一部だから 理事を兼務しているけれど、
私は子ども会の会長になったのだから、
優先順位は 子ども会が先。
基本、子ども会の側の人間だと思ってる!」
と言い放ったことがありました。
友人が気にしていたのは彼女だったようで、
「ちょっとスッキリした(*^-^*)」
と私の発言を喜んでいるようでした。
🌱 🌿 ☘ 🍀 🍃 🍁 🍂
子ども会の会長は、人の上に立つ大変さを学ぶ良い機会だったと思います。
同時に、手伝ってくれる人たちに 自ずと感謝している自分にも気が付きました。
この時代に出会った人々も 私の大事な人たちです。
オマケですが、大変な思いをして頑張った私たちの子ども会は
思いがけず、市から表彰されました。
頑張っているところを見ていてくれる人がいたことは
自分自身を認めてもらえたような気がして、
すごく嬉しくなりました。
人を説得して 動いて貰うより、自分で動いてしまう性分の私は
やはり、人の上に立つ人では無いように思います。
でもね、上に立ってくれた人が仕事をしやすいように
サポートしてあげられる存在でありたいと思います。
あ〜郷中教育〜
明るい現世でも 目が眩んで、迷うというのならば、
死後の闇の世界ではどうなることだろう。
ますます迷うだろう。
ー早く仏の道を収めて、悟りを開けー
「暗闇から忌み嫌う怖い何者かが襲ってくる」
想像力たくましい私は、悪戯をとがめられて
怯えて眠りについたこともあったように記憶しています。
信仰の聖地である《もいどん》を汚すことが祟りにつながり、
親から聴いた《あんもいどん》は祟る者を具現化したものだったのかもしれません。
「人に迷惑をかけぬように」と考えながら、
私を育てた両親の策は成功したのだと思います(*^-^*)